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南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し

南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し

 (13)助言


《9月―頭の痛い季節》 ~2003年9月の記録

 ∬第13話 助言

私自身、ピアノを習った経験はなかった。
子供に習わせるに当たって、一度経験者の意見を聞いておきたいと思った。
同じアンタルヤ在住の日本人で、子供の頃から10数年ピアノを習っていたという友人に声を掛け、昼食を一緒にしながらピアノの話を聞くことにした。

先生の教授法や人物が気に入らなくて、夏休みに入ってからピアノの個人レッスンを休んでいることは、友人にも前から話してあった。
それに加えて9月から月謝が大きく値上げし、とうとうソルフェージの方も辞めてしまったこと。その後2つの教室を見に行ったが、どこも決め手に欠けること。次の土曜日にはコンセルヴァトゥワルの先生に会いに行くことなどを、ざっと説明した。

「その先生はやっぱりダメだったの?」
辞めた音楽教室のオーナーであり、娘のピアノの指導を3ヶ月間見てくれたロシア女性のことだ。
「宿題が多すぎて、負担になってきたから・・・。宿題と言われれば、私もつい一生懸命になって、やっていかないと困るよってやらせようと強制してしまうし・・・。
すると、あの子もできない!って怒ってピアノを叩いてみたり・・・」
「宿題って、どんなものが出るの?」
「次から次に新しい曲をやらせて、少し弾かせてみて残りは家でやってきてくださいって。多いときは5~6曲も」

それは大変だね、と言われるのを予想しながらの愚痴だったが、友人からは意外な反応が返ってきた。
「それは普通だよ。大体ピアノは毎日弾かないとダメだし」
「口出しし過ぎてるんじゃないかなあ。私が習ってたとき、母親は一切口出ししなかったように覚えてる。ただ、やりなさいって、ひとこと」

このところ頭の痛くなる事柄が立て続けに起こり、誰かに慰められたり、励まされたりしたかった自分の甘えた心に、それは深く刺さり、二の句が告げなかった。
今まで、レッスンが重くて娘が可哀そう。宿題もあるし、遊びたい盛りだし・・・と、つい娘を擁護する立場に回っていたのだが、ピアノを本格的に習うということには、それなりの犠牲が伴うという認識が欠けていたのかもしれない。
それに、きちんと弾けるまで練習するためには、親が手伝ってやらなくては、という義務感に駆られていたのは確かだった。音符を一緒に読みながら歌ったり、自分が先に覚えて見本に弾いてみせたり、姿勢や指使いの悪いところを矯正したり・・・確かに、自分が娘の立場だったら、そんな風に親が教えること自体うっとうしく感じられるに違いない。
友人のストレートな助言に、目から鱗がハラリと落ちたような気がした。

今度は幼稚園や学校への不満、このところ続いた父兄懇談会でのできごとなどを愚痴ると、
「少し神経質になりすぎてるんじゃないかなあ。トルコの学校に期待するのは無理だよ。
文化とか教養的なものを学校に期待しちゃダメ。トルコで暮らしていくんだから、トルコの文化の中で子供を育てていくしかないし」

ぐうの音も出なかった。
そうなのかもしれない。教育や給食や学校生活の質を上げさせようと躍起になっていたのは、すべて私の勇み足。
気付いた人が言わなければ、何一つ改善されない。それに、違う国の学校生活を知っている自分だからこそ、言えることがあるはず。そんな正義感に駆られて立ち回ってきたのだが、自分ひとりで空回りしていただけなのかもしれない。

友人の口からでた辛口の助言は、自分の立っている足元を見つめる良いきっかけを与えてくれた。
でも・・・やっぱり簡単には諦められない。ここはトルコだから仕方ない、と全てを甘受してしまうことは、自分自身が許せない。
トルコに暮らし始めてみるまで、自分がここまで周囲と戦うタイプの人間だとは思ってもみなかった。与えられた環境への順応性の高い、どんな国へも適応できる人間だと確信していたのだから。

 つづく

∬第14話 その後―上の娘の場合





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